至高のオーガニックタオル INNER PEACE(インナーピース)

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国産タオルの一大産地、今治タオルについて

タオルといえば「今治タオル」と言われるほど、日本のタオル産地として有名な今治。今治タオルは「安心・安全・高品質」なジャパンクオリティを代表する日本ブランドの一つとして、高い知名度とともに揺るぎない地位を獲得しています。そして私たちのINNER PEACEのタオルも、ここ今治で生まれました。今回は、そんな今治とタオルの歴史についてご紹介します。

 

日本のタオルの歴史

日本最初のタオルは輸入品

日本にタオルがはじめて入ってきたのは明治5年のこと。大阪税関の諸輸入品目の中に「浴巾手拭2打、7円60銭」と記録があるのが公式として最初とされています。当時、英国から輸入された綿タオルは、中国語でタオルを意味する「毛巾」と呼ばれ、高級品でした。日本で一般的だった手ぬぐいとは違う、あたたかくてやわらかい肌ざわりのためか、マフラーのように首巻としても使用されていたそう。

 

タオル織機の導入で国産タオルの製造開始

1880年(明治13年)頃に大阪中之島の井上コマが手織り織機を考案。手織でヨコ糸と一緒に細い竹を通して織り、後で竹を引き抜いて輪っか(パイル)を作るというものでした。その後、1887年(明治20年)にテリーモーションと呼ばれる機械での製織方法が開発され、日本のタオルづくりの歴史がはじまりました。

タオルが広く流通するようになると、その後は技術の進歩により、タオル素材を使った商品も次々に生産されるようになりました。現在ではハンカチやベビー用品、寝具やルームウェアなど、その種類は多岐に渡り、タオルは私たちの暮らしになくてはならないものになっています。

 

ヨコ糸に細い竹を通して織り、後で竹を引き抜くとパイルができる「竹織り」

 

今治とタオルの歴史

綿栽培から綿織物の生産へ

今治は古くから織物が盛んで、江戸時代には綿の栽培が多く行われていました。瀬戸内海に面し、気候温暖で雨量が少ないことが綿花の栽培に適していたからです。江戸時代後期には今治藩が伊予木綿(白木綿)の生産を督励したこともあり、農家の副業として発達し、全国に出荷していました。

しかし、明治維新を迎え、大阪や兵庫といった産地におされて伊予木綿は徐々に衰退。そこで代替品として、矢野七三郎が和歌山で生産されていた紀州ネル(両面を起毛させた綿織物)に改良を加えた「伊予ネル(こちらは片面起毛)」を考案し、今治地方に広めました。彼は綿織物・タオル・染色・縫製など今治地方の繊維産業の基礎を築いたため、「今治綿業の父」と呼ばれ、その功績を称えられています。

 

独自の技術革新でタオル産業が発展

その後、1894年(明治27年)、綿ネル製造事業者の阿部平助が改造織り機(綿ネルの織機を改造)4台を用いてタオルの製造を開始。ここから今治タオルの歴史が始まりました。1910年(明治43年)には麓常三郎「二挺(にちょう)式バッタン」と呼ばれる、同時に二列のタオルを織ることができる織機を導入して、生産効率を飛躍的に向上させました。

大正時代に入ると、中村忠左衛門「先晒し(織りの前に綿糸の晒しと染色を行う)」の製法を導入。手作業では非効率的だった従来の後晒しを見直し、先晒し製法を今治中に広め、今日の今治タオルの特徴である「先晒し先染め」製法の先駆けとなりました。1918年には同氏がジャカード機を導入し、織りで模様を作り出すデザイン性の高いタオルが作れるように。これが世の中に受けて、今治タオルの名が広まるきっかけとなったのです。

 

戦後の好況、タオル生産日本一へ

その後もタオル織機の技術革新は続き、今治のタオル産業はますます発展していきました。1945年(昭和20年)の今治市大空襲で壊滅的な被害を受けながらも、戦後の衣料不足や1950年(昭和25年)からの朝鮮戦争による特需で、タオル業界は好況。織機をガチャンと動かせば1万円稼げる「ガチャマン景気」と言われ、タオル産業への転業が増加しました。高度成長期には、「タオルケット」などのヒット商品に恵まれ、1960年(昭和35年には、タオル発祥の地・大阪の泉州を抜きタオル生産日本一となったのです。

 

輸入品増加による低迷、そして復活

しかし平成に入り、バブル経済崩壊とともに、タオル産業は低迷。同じ頃、中国産などの安価な外国製のタオルが急増し、国産タオルは大きな打撃を受けました。生産量の減少とともに、企業数・従業員数も減る一方となってしまいました。

この危機を乗り越えるため、当時の四国タオル工業組合は産地の再生に向けて取り組み、2006年(平成18年)には中小企業庁による「JAPANブランド育成支援事業」に今治タオルが採択されました。これは、地域の伝統技術や特産品の価値を高め、世界に通用する「JAPANブランド」を目指すもので、この支援をもとに、今治商工会議所、今治市が一丸となり、「今治タオルプロジェクト」がスタート。独自の品質基準を設け、検査に合格した商品のみが「今治タオルブランド商品」として認定マークをつけられる仕組みにより、現在の「安心・安全・高品質な今治タオル」というブランドの確立につながりました。

「今治タオルブランド商品」につけられる認定マーク デザインは佐藤可士和氏 

 

今治タオルの特色とは?

「先晒し先染め」製法

今治タオルの大きな特徴である「先晒し先染め」製法。一般的なタオルは織り上げてから晒し・染色を行う「後晒し後染め」が主流ですが、今治タオルは糸の段階で晒し染めを行うため、ふんわりとやわらかいタオルに仕上げることができます。この製法は、水を大量に使用するため、タオルに合った良質で豊富な水を必要とします。

 

良質で豊富な軟水

今治地方を流れる高縄山系を源流とした蒼社川の伏流水や、石鎚山から流れ出る地下水などは、マグネシウムなどの金属イオンや不純物の少ない理想的な軟水で、綿の精錬・漂白に適しており、綿糸ならではのやわらかさと、風合いのよい発色を可能にします。この地域特有の良質な軟水が、今治タオルの品質の高さに大きくかかわっています。

 

独自の厳しい品質基準

今治で製造されたタオルが全て「今治タオルブランド商品」となるのではありません。12の項目からなる厳しい品質基準にクリアすることが認定の条件となっています。「5秒ルール」と言われる、1cm四方のタオルを水の上に浮かべて5秒以内に沈むかを見る吸水性のチェック、洗濯や摩擦への耐久性などを検査し、合格することで初めて、認定マークをつけて「今治タオルブランド商品」を名乗ることができるのです。認定後も、認定マークの使用に厳格なルールを定めるなど、ブランド力を高める取り組みを続けています。

 

INNER PEACEも今治生まれ!

INNER PEACEも今治の老舗メーカーでつくられた、今治生まれのタオルです。認定マークは付けていないものの、今治タオルの品質基準検査をクリアしており、吸水性・耐久性ともに高品質のタオルとして認められています。

 


今治の地域性と歴史、そして今治でタオルに関わる方たちの高い技術力と熱意によって、進化を続け、日本中・世界中に名だたるブランドとなった「今治タオル」。そんな今治タオルの技術や想いが込もったINNER PEACEのタオルも、ぜひ手にとって、気持ちの良い使い心地を感じてみてくださいね。

 

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